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hishio

Author:hishio
勝山文化往来館ひしお
山々に囲まれた小さな城下町・勝山。
元醤油蔵を改修し、建てられたこの場所、
「ひしお」で起こっている日々のこと。
他にもいろんなことつれづれと。。。

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時は春

 時は春
 春は朝(アシタ)
 朝は七時
 片岡に露みちて
 蝸牛茨に
 あげ雲雀空に
 神 天に治(シ)らしめて
 凡て世は事もなし

 よく知られているブラウニングの詩である。私がそれを眼にしたのは、あれは昭和九年の或る日。世は既に妖しげな風雲が漂っていたにせよ束の間の平和な年だったなぁ。読む程に胸が温かくなってくるような気がしたものだ。
 春という季節は相変わらず巡って来るけれど「凡て世は事もなし」どころか「事だらけ」の世になってしまった。神、天にあるならば等と軽々に宗教を論ずることは出来ないけれど、イラク・イラン・アラビア周辺(どうもあの辺の地名は覚えにくく、又すぐ忘れる)が宗教の違いもその争いの一因とするならば…と旧約聖書、新約聖書、コーランを走り読み(日本語訳)して、概論などというアカデミックな言葉では云えない雑駁さで思うなら、BCに旧約あっての新約、そしてその二つの「ええとこどり」をしたのがコーランで、何れにも一貫した一神教だよ。それにしてもあの辺りの人は何としつこく頑固な表現をするのだろう。源が一つならその気になれば仲良く出来るかも知れないと愚にもつかぬことを呟きつつ、ふと手元の雑誌に眼をやると、タージ・マハルの写真があった。あれはイスラム教とヒンドゥ教が融合してあの有名な世界遺産を造ったんだもんなぁ。
 毎年春になれば花が咲く、神がそれをなし給うのなら、ここまで増長した人間にはどんな手を下されるのだろう(科学的思考一切なし)。
 考えても仕方がないことは仕方がないので、穏やかなこの夕は縁側に出て裏山の桜などを眺めて、せめて小型の「春宵一刻」でも味わうことにしようかなぁ。        

(素敵一滴10号より)
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2007-06-14(Thu) 17:54| 美津子ばあばのひとり言| トラックバック 0| コメント 0

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