無題
十一月五日に亡くなられたスコットランド在住の彫刻家古田日出夫さんの葬儀が、冷気が頬にぴりっと刺す快晴の十二日、ロンドンのヘンドン墓地内のチャペルで行われた。古田さんは一九八五年の渡英以来公共の場のための作品を制作し続け、その数は三十を超える。その間ヘンリーモアフェローシップも授与されてもおり、彼はアーチストとして大きな功績を残した。友人代表は弔辞で、彼のもう一つの偉業は厳しい状況の中でご子息の優君を立派に育て上げたことを取り上げ、父親としての古田さんを讃えた。優君は、ヴァンの中で暮らしながら制作場所を点々と渡り歩き、父の仕事を手伝い、数学、ギター、ドラミングを教えてもらった日々を語り、父と子の間の深い愛情と尊敬の念、そして2人の稀にみる強い絆がひしひしと感じられた。少人数のシンプルな儀式は古田さんらしく、彼の自作自演のギター演奏も聴かれ、感動的な葬儀であった。
古田さんは、ひしおの第一回アーチストインレジデンスとして二〇〇五年の秋に勝山に滞在し、開館記念モニュメントである「舞い上がる立体」を制作してくださった。このことがどんなに意義深いことであるか私たちが本当に理解できるのは、もっと先のことなのかもしれない。
一日の夢
朝は工房を耀かし
われはいそがしく鉋をとって
薔薇色の柱に立ち向かった
今日もまた一日(ひとひ)の光る夢の屑をちらさんために
丸山 薫「一日集」より
大きな石に挑む若く厳しい彫刻家のまま逝った古田日出夫さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。 合掌。
(ひしお館長 辻 ひろこ)素敵一滴14号より

古田さんは、ひしおの第一回アーチストインレジデンスとして二〇〇五年の秋に勝山に滞在し、開館記念モニュメントである「舞い上がる立体」を制作してくださった。このことがどんなに意義深いことであるか私たちが本当に理解できるのは、もっと先のことなのかもしれない。
一日の夢
朝は工房を耀かし
われはいそがしく鉋をとって
薔薇色の柱に立ち向かった
今日もまた一日(ひとひ)の光る夢の屑をちらさんために
丸山 薫「一日集」より
大きな石に挑む若く厳しい彫刻家のまま逝った古田日出夫さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。 合掌。
(ひしお館長 辻 ひろこ)素敵一滴14号より


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